故、黒田新一郎翁の足跡を語る

2012.01.27

1月25日下諏訪文化センターにて、黒田新一郎氏の三男、黒田良夫さんが父親の足跡を語った。 蟹江さん、鱒沢さんの話を頂く

明治30年~昭和56年  83歳歿

20才 大正6年に徴兵    自動車部隊     

22才 シベリア出兵(大正8年)  

    国家、政治の決定的な存在の自覚

    自動車免許は日本で2番目に取得

26才 大正12年  冬の農閑期には、上京して衆議院議長運転手  

    政治的素養、実情を身にしみて体験

    勤務のない時 帰郷  青年団、友人、知人を集めて政治の実情を話す。

33才  昭和5年7月18日 諏訪農民団事件 

      下諏訪町御田劇場において諏訪一円の同志が立ち上がった。      

      入場できぬ人々は道路に溢れその数1500名

      中心人物は黒田新一郎であった。

      野良着で身を固めた代表団24名(その中に私の祖父清松も同行)

      同夜11時53分の列車で下諏訪駅乗車 しかし、次の上諏訪駅で全員検挙さ

      れた。  

35才 昭和7年 5.15  減刑運動

36才 昭和8年 帝農事件 

36才   運転手は昭和8年迄 

39才  昭和11年  長野県県議会議員初回当選

40才  昭和12年  長野県農政革新同盟 責任者

41才  昭和13年 日本革農協結成 

 

51才  昭和23年 食料調整委員会  

        農業調整委員会 会長 米等の作付け 供出割当 米価に対する意見

        米価審議会

     昭和38年   庁舎立替  移庁問題  分県  信濃の歌

     県庁・松本公園に「信濃の歌」歌碑建立 実行委員長  生徒一人1円一戸10円     

56才  昭和28年 参議院選で2度の落選

     一家上京  中野にて  豆腐・生そば・中華そば・パン屋

58才  昭和30年 下諏訪農協組合長として帰郷 

61才  昭和33年  下諏訪町町長   3期12年

      ・温泉掘削 財産区問題

      ・失業事業改善   後に全国に波及

      ・工場誘致条例改善

      ・八島保全

      ・区画整理事業

      ・町誌 刊行

     昭和40年  自治省と地方交付税率引き上げ 交渉

     昭和41年   税率29.5%から32%に引き上げられた。

73才  昭和45年 退任    

83才  昭和56年 歿 

 

黒田新一郎さんの存在を知ったのは、私が小学校5年生、下諏訪小学校入学の時からです。

長地村の合併問題があり、東山田と東町が下諏訪町に合併した時期からです。 

 

以前から黒田先生から話を聞いていましたが、再度、黒田新一郎さんの凄さを実感させて頂きました。

今、聞いて置かなければ・・・ 

上記は年齢準に経歴を箇条書きしましたが、まだまだ埋まらないところがあります。

 

有賀登さんの協力で、  今後DVDを制作する予定です。 

お楽しみして下さい。        

  

 

 

黒田良夫さん
「農民の生活」の一ページ
増沢俊文さん  「農民の生活」 岡谷地方の農業の歴史  出版責任者
蟹江文吉さん 下諏訪山岳会の話

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