2007年10月02日
陰翳の美 4
この兼好の一文は茶室や料亭のものではないが、「信濃」の離れは兼好の好みにも適っている。造作は用なき所を作るというところなどは行き届いていると言ってよい。気候風土からして、湿潤な暑さをいかに過ごすか。日本建築は極めて開放的である、障子を開け放てばそこは外であり、風の通り道みちとなる。庭に作られる東屋などはその極まった建物であろう。が、この離れは少し違う。諏訪は極寒の地であり、その寒さを同時に防がねばならない。その工夫もここにはある。その昔京都に住んでいた兼好の考えとはこの点異なる。
建物の外に目を移してみよう。諏訪であれば風景の行き着く先に山が常に見える。和風建築にこの風景は極めて大事な要素となる。そして建物をとり囲むように庭がある。その風景と庭との境に、土塀なり板塀がありその趣も大事であることは言うまでも無い。この点について「信濃」は建てられた大正時代のごく初年からみると、周辺の風景も市街も一変してしまい、創建当時の姿をほぼ失ってしまっていることは残念である。そして庭である。日本建築の場合庭は大変重要な意味を持つ。徒然草を引用するまでもなく「涼しげに」ということからしても、庭がありそこに樹木があり、水の流れを引き込む、樹木に対し石を置く。石を置くということは禅宗の影響であろう。それに覆う土がある。当時この庭に池があったと聞く。浅い川の流れはあっただろうか。家の方の話によれば枯山水の白砂を敷いた枯れ川が作られた場所があったと言い、その痕跡をうかがうことができる。
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