2006年11月15日

黒田良夫先生NO6

   敗戦とそのもたらしたもの
昭和八十年で言えば、その戦前戦時の二十年間の有りようは、ことに中国韓国から歴史認識として、過酷に問題にされる部分である。これは、明治維新前後の諸外国のアジア及び日本の植民地化の中で急務であった近代化が、そのための侵略を伴わざるを得ず、その必然的結果として大東亜戦争に至り日本は破綻した。破綻とはものの見事に敗れたことである。断っておくが必然性を正当化するものでもできるものでもないし、大東亜戦争に至る戦争を含めてその侵略的手法が間違いであったこともまた当然である。大東亜戦争は日本が遭遇した歴史上空前の国力を傾けての総力戦であり、そしてこの敗北は日本近代化と称する欧米化の敗北と言ってよい。勝たねばならぬとした戦争に、国力、伝統文化と歴史を使い尽くしての無条件降伏は、その後の日本の様相を一変せしめた。われわれはその敗戦の過酷さの中に今も居ることを忘れてはならないのである。
 明治維新以後ことに戦後日本は近代化というよりそうせざるを得なかった中で、得たものももとよりあるだろうが、あまりにも多くのものを犠牲にし失ってきた。それも払い捨てるがごとく「古い」というような一言のもとに切り捨てていったのである。そのことが日本の歴史あるいは日本人固有の文化や伝統に、ほぼ決定的な影響を与えていく。しかし、少なくとも敗戦までは、国家、社会、家庭、個人の中に、歴史の中で培ってきた一定の秩序も道徳もあったのである。私等昭和初期生まれあるいはそれ以前の年代のものは、日本歴史上希有な激動の時代を生かされてきたことになる。そして日本の戦後の欧米化は維新の富国強兵から強兵を捨て、経済復興から高度経済成長へと向かう。つまり昭和八十年とは、敗戦と高度成長に特色づけられた欧米化ということである。この欧米化は敗戦後一層急務であった。

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