2006年11月13日
黒田良夫先生NO5
いまひとつの六十年前と、今日の現実を書いてみる。
この文のはじめの方に、「援助交際」という言葉があり、これは言われているように女性だけの問題では無いかも知れないが、それに関わることに戦後日本の社会復興期における当時の婦人のことについてである。今次大戦で失われた人命は三百万人とも三百五十万人とも言われている。その中の兵士等の死後残された多くの未亡人等のことである。婦人等はあの困難などと言ってもそれも分かるまいが、社会と生活の中、残された子供を育て家庭を守り、そして老いた両親を看とっていた。結婚生活が一年、時には三日の婦人も居たと聞く、その一年あるいは三日に生涯を家庭に捧げたのである。その辛抱と清らかな生きようなくして、日本の戦後及び復興は語れない。このことを言ったのは高田好胤であった。いわば日本近代化欧米化の中での犠牲者としての戦没者と、戦中戦後を生きぬいた婦人のことを忘れてはならない。そしてそれを支えていた社会秩序や道徳の存在を忘れてはならない。
そして、今年平成十七年春、長野日報のコラム欄の四行か五行に、下諏訪町の食料自給率が2%台、諏訪全体でも25%だと書いてあった。ちなみにこれはおそらく長野日報発刊史上最大のスクープであろう。そのことに私は愕然とした。そして更に恐怖を抱くのは、それを現実として人々は受け止められないということだ。少なくとも六十年前、戦前の農家は衣食について自給自足を建前としていた。
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