2006年11月25日

黒田良夫先生NO13

自由とは何か、諦観から生ずる自在に相当するものであろう。自由を文字通り解釈するものであれば、自らの由るところであり、その人間の人生観、社会観からくる信念、信じるところに由って自らを処することができるということであろう。
次にこういうことを言っていくと切が無いが、この頃ことに学校などで殺人事件が起きる。「人の命の尊さ」ということをこの時とばかりに言う。言うがすぐに忘れる。人名尊重はその時口で言うほど、決して日常切実なものとは思っていない。殺人事件も自殺もますます増えていく、人命尊重もまた安易なものになり、そしてそのことで失っているものもあるはずだ。こうした現象も敗戦後のことであるが、どこからそういうことが言われるようになったのか。人命ことに己の命を何物よりも尊く重いと考えることは間違っている。己の命より重い守らねばならぬものを忘れてはならない。平和的観念からだろうか、単に殺されたくない、死にたくない、あるいは同情ということではあるまい。日本の歴史の中でも命を粗末にしていいなどと言った時代は無かった。人命の重さ大切さつまり生きることの重さが、数々の日本人の死にはあった。その死に立ち会った人々が居たということだ。いま少し言えば、人は何のためなら死ねるか、死に所を心得ていたということだ。命の尊さを教えるために生き物を飼うなどというものではない。生活の緊張感重さと社会秩序がここでも問題になる。社会や人間関係が希薄になったことの影響もある。

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